企業法務、IT法務のカクイ法律事務所

弁護士のご紹介

Attorney Profile

当事務所所属弁護士


  弁護士 石 井 邦 尚
  弁護士 村 本 道 夫

石井邦尚 ISHII, Kunihisa

写真:弁護士石井邦尚

カクイ法律事務所代表
第二東京弁護士会所属 登録番号:26928

略歴
〜企業を強く! 企業法務・IT法務の弁護士〜

 法はビジネスの共通言語であり、これからの企業の成長には法務力が不可欠です。
 20年目となった弁護士キャリアで培った経験・能力を活かし、企業法務、IT法務の分野を中心に、お客さまである企業の真の実力が100%、120%発揮されるように、ビジネス強化と企業の成長をサポートすることを強く意識しながらリーガルサービスを提供しています。また、米国留学経験を有しており、英語を必要とする案件にも対応します。

  1972年生まれ、東京出身
  1999年弁護士登録
  1997年東京大学法学部卒、2003年コロンビア大学ロースクール(LL.M.)卒
  2017年度第二東京弁護士会副会長
  著書に「ビジネスマンと法律実務家のためのIT法入門」(民事法研究会)など

 なお、弁護士ドットコムの「弁護士列伝」にインタビューが掲載されています。(※所属が取材当時の名称である「リーバマン法律事務所」となっていますが、2013年9月に現在の「カクイ法律事務所」に改称しました。)

プロフィール

人生の半分を「法を学び、使いながら」

 私が弁護士となって20年目になりました(2018年4月)。2年間の司法修習、大学での学習をあわせると、少し大袈裟ですが、人生の半分以上を「法を学び、使いながら」生きてきたことになります。
 よく「弁護士って、(いろいろな事件を扱ったりするので)大変だね、ストレス溜まるでしょ」と言われることがあります。確かに、ストレスを感じることも多いのですが、不思議と、この18年間、弁護士をやめたいと思ったことは一度もありませんでした。逆に、時々、ふとしたときに、「やっぱり自分はこの仕事が好きなんだな」と思うことがあります。こうなると、「法律バカ」なのかもしれません・・・
 私の業務の中核は、企業法務とIT法務です。国際的な知見を得るため、アメリカのロースクールにも留学して、これらの分野について学んできました。こう書くと少し敷居が高く感じるかもしれませんが、10数年来弁護士1〜2名の事務所を経営してきましたので、お客さまは中堅企業、中小企業が中心です。フットワーク軽く、“お客さま密着”、“現場主義”を大切にしています。
 20年目というのは、まだ「ベテラン」と言われるほどの経験ではありませんが、20年間走り続けてきてそれなりの経験を積み上げてきたと自負しています。また、現在46歳、もう「若い」と言われる年齢ではありませんが、まだまだ体力・気力とも充実しています。これまでの経験を活かし、さらなる研鑽を積んで、皆さまのお役に立てるよう精一杯がんばります。

私が企業法務を志したきっかけ

 私は、弁護士となる前は、漠然と「どちらかというと企業法務を中心になるのだろうけど、でも、いろいろな分野を経験したい」という程度にしか自分の専門を決めていませんでした。弁護士となって、様々な企業経営者や企業で働く方々と接し、いっしょに仕事をさせていただくうちに、私は明確に企業のための法務を自分の仕事の中核にしようと考えるようになりました。
 様々な方々から影響を受けているのですが、私が弁護士となって間もないころ、特に私に影響を与えた案件を2つご紹介します(守秘義務に反しない範囲になるので、あまり具体的に書けないことをご容赦ください。)。

 一つ目は、弁護士になって1年くらいの頃に遭遇した倒産案件です。上場企業でしたが、創業家が強く、経営陣はいわゆるサラリーマン社長の方でした。当時はその業界自体が過剰な生産能力を抱えて低迷しており、経営状態が悪化する一方で、次第に相談が頻繁になってきました。私たちの目からはもう破産は避けられないという状況で、破産の申立書なども準備を進めていました。しかし、社長を中心とする経営陣の方々が一念発起して、民事再生を実現したのです。会社は清算するスキームでしたが、事業譲渡を行い、従業員の給与や退職金を確保し、可能な限り雇用も維持しました。経営陣の精力的な働きにより、関係者への影響が最小限に抑えられたのです。率直に言って、破産ではなく民事再生となっても、経営陣の方々の個人的なメリットは特にありません。それにも関わらず、本当にぎりぎりのところで、不可能と思われた民事再生を実現した経営陣の皆さんの強さは、まだ駆け出しのころの私にはある意味衝撃的ですらあり、強く心に残っています。

 もう一つは、弁護士1〜2年目ころに出会った、インターネット系のベンチャー企業です。インフラ系の新しいサービスを日本で実現した会社で、もしこの会社が登場しなければ、日本のインターネット環境は、何年も遅れをとっていたはずです。今では信じられないことですが、当時は企業や大学などを除けば、まだ電話回線でインターネットに接続したりしていて、常時接続といえばISDNの64kbps(多くの方はピンとこないでしょうが・・・)という時代でしたが、それを一変させたのです。最後は、残念ながら大きな企業に吸収されて終わりましたが、間違いなく、ブロードバンドによる常時接続環境が日本に普及し、日本のインターネット業界が発展する礎を作った会社の一つです。行政や大企業と、まさに「闘いながら」新しいサービスを切り開く経営陣、社員の皆さんの意欲と熱気から、私も大きな感銘を受けました。こうした人たちと間近に接することができた経験は、私の財産になっています。

 以上の2つの案件、一つは起業や新規事業という新たなものが生み出されるとき、もう一つはそれとは正反対の倒産という極限状態、両極端の場面での経験を通じて、企業の持つ社会的な意義の大きさや経営陣たち、企業人たちの「すごさ」を感じ、考えさせられました。他にもたくさんの素晴らしい方々と出会ってきており、そうした経験の一つ一つが、私が企業法務を中核とするという方向を選ぶことにつながりました。米国に留学したのも、ビジネス界では当然に英語が使われているのに、大手法律事務所を除くと、弁護士の中には英語案件を扱える人が少ないのはおかしい、企業法務を扱う以上は、英語で法務を扱うのに必要な水準の英語力と海外法務の知識を有するべきだと考えたことが動機の一つとなっています。
 企業は、働く人をはじめ多くの人の人生に影響を及ぼす存在、社会に大きな影響を及ぼし、時には社会を変える存在でもあり、ある意味人間くさいものでもあります。弁護士の存在意義(使命)は「基本的人権を擁護し、社会正義を実現すること」(弁護士法1条)にあります。企業の活動をサポートして、企業の健全な発展を通じて社会に貢献することが、私にとっての「基本的人権を擁護し、社会正義を実現すること」と考えています。

30年来のIT好きからIT法務に

 私がIT法務に力を入れることになったきっかけは、「好きだから」という、全く個人的な動機からです。
 実は、私のIT(コンピュータ)歴は、弁護士歴のさらに倍、30年以上に及びます。はじめてコンピュータというものの存在を知ったのは、小学校5〜6年生のときでした。当時は、CPUは8ビット、フロッピーディスクすら十分に普及しておらず、カセットテープから、“ぴ〜がが〜”という音を聞きながら10分くらいかけてプログラムを読み込むことも少なくありませんでした。
 大学生時代にインターネットを使い始めました。一般的には、Windows95の発売・普及がインターネットの普及に大きく貢献しましたが、私はWindows95発売の数年前から、マックを使い、モデムを電話回線に“ぴ〜がが〜”とつないでインターネットに接続していたのです。

 こんな私が、弁護士となってIT関連の法務に関心を持つのは、自然なことでした。
 しかも、私が弁護士になった1999年は、後に“ネットバブル”とも言われてしまいますが、渋谷が「ビットバレー」と呼ばれるなど、ネットブームの真っ盛りでした。先ほどお話ししたインフラ系ベンチャー企業の他にも、いろいろなネット関連の企業に接することができました(当時、私が所属していた法律事務所は、様々なIT系の企業の案件を取り扱っていました)。また、1999年は、コンピュータ2000年問題で大騒ぎになった年でもあり、弁護士1年目だった私も2000年問題に関する法的責任等について検討したりもしました。
 私は、コンピュータ好きの上、元々は数学や物理などの理系科目が得意でした。そんな私が、大学進学の際に、理系ではなく法学部を選び、弁護士となったのですが、結局、また別の形でコンピュータやITの世界に関わることになったというのは、不思議な感じがします。前の所属法律事務所がIT系の法務に比較的強い(余談ですが、昔、事務所にNeXTがあったというのです!!)ということを、実は私は知らずにその法律事務所に入ったのですが、大げさに言うと、これも何か運命的なものを感じています。
 しかも、30年前のおもちゃのようなコンピュータの時代と異なり、今では、ITはもはや「社会のインフラ」であり、いわゆるIT系企業ではなくても、ビジネスを展開する上でITと無縁ではいられなくなりました。コンピュータ、ITの発展により、図らずも、私が中心として扱っている「企業法務」と「IT法務」とは密接に結びついています。

 弁護士となった後、様々なIT関連の法務にたずさわると共に、アメリカ留学でもこの分野を学び、また法科大学院で講義を行ったり、書籍(「ビジネスマンと法律実務家のためのIT法入門」)を書いたりといった活動もしてきました。この分野は、半分、私のライフワークのようなものでもあるので、実務に力を入れるのはもちろんのこと、様々な研究などもしながら、楽しんでいきたいと思っています。

経歴

1997年 3月 東京大学法学部卒業

1999年 3月 司法修習修了(51期、実務修習地:函館)

同年  4月 第二東京弁護士会登録。新東京法律事務所勤務(~2004年7月)

       ※新東京法律事務所は、他の法律事務所との合併等を経て、主力メンバーは現在、

        TMI総合法律事務所とアンダーソン・毛利・友常法律事務所に所属しています。

2001年 4月 第二東京弁護士会・常議員(~2002年3月)

2003年 5月 コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.取得)
      会社法分野及びIT関連の法分野を中心に学ぶ。

同年  11月 ニューヨーク州司法試験合格(但し、同州弁護士としては未登録)

2004年 3月 日本弁護士連合会・法曹養成対策室嘱託(~2010年3月、2012年4月〜2014年3月)

同年  8月 リーバマン法律事務所(2013年9月「カクイ法律事務所」に改称)開設

2005年 2月 日弁連法務研究財団・認証評価事業部事務局次長(~2012年3月)

2010年 4月 大宮法科大学院 非常勤講師(〜2013年3月。担当科目:IT法、アメリカ法特殊問題)

2010年 6月 第二東京弁護士会・綱紀委員会委員(〜2017年3月)

2012年 4月 日弁連法務研究財団・認証評価事業部事務局長(〜2014年3月)

2015年 6月 第二東京弁護士会・綱紀委員会副委員長(〜2017年3月)

2017年 4月 第二東京弁護士会・副会長(〜2018年3月)

2018年 4月 第二東京弁護士会・常議員(〜2019年3月予定)

2018年 4月 第二東京弁護士会・公設事務所運営支援等委員会委員長

2018年 6月 第二東京弁護士会・広報室嘱託



著作等

□ 「ビジネスマンと法律実務家のためのIT法入門」(民事法研究会・2011年)

□ 北川善太郎・斉藤博監修「知的財産権辞典」(三省堂・2001年)(一部項目を執筆)

□ 『動き始めた新法曹養成システム』(日弁連司法改革実現本部編「司法改革~市民のための司法をめざして」(日本評論社・2005年)

□ 「法科大学院初年度概括」(自由と正義・2005年6月号)

□ 「諸外国の選挙運動規制、政治資金規制」(自由と正義・2008年4月号)

□ 翻訳:ローレンス・レペタ著「闇を撃つ~Secrecy and the Future of America」(日本評論社・2006年)
 

インターネット記事等

□  中小企業ビジネス支援サイトJ-Net21「個人情報基礎知識〜これだけは押さえよう!個人情報に関わる基礎知識をケースに合わせて学べます。」を執筆(全15本)、監修(2014年2月)

□  中小企業ビジネス支援サイトJ-Net21の法律コラム「会社法務の基礎知識」を監修・執筆(2009年〜2014年3月)

□ 「弁護士列伝」にインタビュー掲載(2010年4月)。なお、当時は「リーバマン法律事務所」という事務所名でしたが、2013年9月に現在の「カクイ法律事務所」に改称しました。

□ CNET Japan「対談:デジタル著作権ってどうなってるの?(前編)」「対談:デジタル著作権ってどうなってるの?(後編)」(2008年12月、2009年2月)

□ 日経BP「BPnetスキルアップメール」に「『リーガルセンス』を備えたビジネスパーソン」を連載(計6回)(〜2007年9月)
 

その他資格等

外国語:英語

2007年 初級シスアド試験合格

村本道夫 MURAMOTO, Michio

第二東京弁護士会所属 登録番号:19438

プロフィール

〜AI・IT好きで,チャレンジを忘れない弁護士〜

 弁護士となってからずいぶん時間が経ちました。
 ほとんどは普通の弁護士としての活動をしてきただけですが,裁判官出身の弁護士と一緒に法律事務所(ふじ合同法律事務所・マトリックス国際法律事務所)を設立したり,外資(モルガン・スタンレー)系のサービサーの代表取締役をしたり,公職選挙法や政治資金規正法の改正に取り組んだり,小沢事件の指定弁護士に選任されて活動したり,ビジネスジェットを利用した国際医療搬送サービスに取り組んだり,太陽光発電設備を規制する条例案作成に関与したり,最近はAI弁護士と自称したりと,新しいことや少し変わったことが好きな性格です。

 なお最近の私の動向については
     「弁護士村本道夫の山ある日々」(https://murachan-law.blog/)
をご覧ください。

経歴

1954年 6月  広島県大竹市生まれ

1973年 4月  東京大学文科1類入学

1979年 3月  東京大学法学部卒業

1979年 4月〜1983年3月 関東高等学校国語科講師として勤務

1985年 4月  弁護士登録(第二東京弁護士会所属)  菊地・村本法律事務所

1993年10月  ふじ合同法律事務所設立にパートナー(故藤島明元最高裁判事,岩渕正紀元判事外)として参加

1999年 7月  マトリックス国際法律事務所を設立(園部逸夫元最高裁判事の参加を得る。)。株式会社ロンバード債権回収(モルガン・スタンレー系)の取締役に就任

2004年 2月〜2010年7月 株式会社ロンバード債権回収の代表取締役に就任,執務。日本におけるサービサー業務撤退に伴い退任。

2010年 8月  マトリックス法律事務所と事務所名称変更(虎の門,羽田空港と事務所移転)

2010年10月〜2012年11月 小澤一郎氏の強制起訴事件にかかる指定弁護士

2017年 2月  羽田空港における業務終了に伴いカクイ法律事務所に参画


弁護士会での役職

第二東京弁護士会常議員会副議長,第二東京弁護士会弁護士業務改革委員会委員長,平成25年度第二東京弁護士会監事,平成28年度日本弁護士会監事外


取扱分野

商事法、行政法、著作権法、IT関係法等。中小企業がかかわる法務全般にも関心がある(独立行政法人中小企業基盤整備機構顧問)


信条

        法律家の枠にとどまらず、広い視野に立って柔軟に物事を把握し、判断する。
 なお、弁護士ドットコムの「弁護士列伝」にインタビューが掲載されています。


自己紹介

 私は広島県で生まれ育ったが故の生粋のカープファンで,ここ数年はうきうきしています。中高は,カトリック系の広島学院でしたが,長じて仏教が好きになり唯識や禅の公案の本を読むのを喜びとしていた時期もあります。今は,普通の科学愛好家として,物質・エネルギーが自然を生み,人間を生んだ,不可思議さと美しさを,心の支えとしています。

 騒乱たる世上が少し落ち着いた時期に東京大学に入学し,学部は法学部でしたが,法律より文学や哲学が好きで,大学卒業後,高校で,現代国語や漢文を教えていたこともありますが,思い立って弁護士となりました。

 弁護士となってからは,,普通の弁護士としての活動をしてきただけですが,裁判官出身の弁護士と一緒に法律事務所(ふじ合同法律事務所・マトリックス国際法律事務所)を設立したり,外資(モルガン・スタンレー)系のサービサーの代表取締役をしたり,公職選挙法や政治資金規正法の改正に取り組んだり,小沢事件の指定弁護士に選任されて活動したり,ビジネスジェットを利用した国際医療搬送サービスに取り組んだり,太陽光発電設備を規制する条例案作成に関与したり,最近はAI弁護士と自称したりと,新しいことや少し変わったことが好きな性格であることは間違いありません。

 そういえば45歳頃から山登りにはまり,7年で百名山を完登しました。一時期,「日本一,頻繁に山に行っている弁護士」と称していたこともあります(多分これは事実でした。)。今は,随分足が遠のきましたが。「山ある日々」というWebタイトルは,その甘美な経験に由来します。

 パソコンやITは,マッキントッシュ,パソコン通信の時から好きでしたが,オタク的にのめり込むとまではいきませんでした。しかし最近のAIを巡る動きには今までになく心揺さぶられます。でもAIをもてはやすだけではなく,AIと人間の脳の働きの違いを踏まえ,冷静に将来の動向を見通す必要があると思っています。当面,IT,IoT,AIについて,十分に理解し,開発者,販売者,利用者の活動を,法務面から支えられる弁護士でありたいと思っています。

 弁護士会の活動はあまりしていませんが,刑事,行政,弁護士業務,研修。綱紀関係の委員会活動や,役員として日弁連,第二東京弁護士会のそれぞれ監事をしました。

私の現況と関心事

 私はかねてビジネスジェット機を利用する国際医療搬送事業(エアアンビュランス)の立ち上げに関与してきましたが,立ち上げ会社の経営が,前代表者の不祥事を契機に破綻しかけたので,2年以上,その立て直しに奔走してきましたが,絶えず彼我の関係者の対応に苦汁をなめさせられ続け,「出発は遂に訪れず」。私はいったん撤退することにし,事務所も羽田から神田淡路町に移転しました。この経験を今後に生かしたいと思っています。
 さて,現下の私の一番の関心事ですが,進化論,ファスト思考(直感)とスロー思考(理性)(カーネマン),複雑系ネットワークと分業等から人間や社会をとらえ,それをもとに「法を問題解決と創造に活かす」弁護士活動に取り組むことです。
 環境の中で生存・繁殖するための進化を重ねた生物である人間の行動は,多くの場合ファスト思考に支配されることから,複数の人間の複雑な相互作用からなる社会には合理的な解決を阻む多くの要因があり,解決困難な問題が生じ続けていますが,一方で人間のスロー思考が及ぶ分野はますます拡大しており,「方法を工夫すればなんとかなるさ。」と,考えるようになりました。
 私の仕事の対象である法やルールも,このような考え方を踏まえてはじめて科学的になるのだと思います。私は,このような見方を日々の仕事に生かし,「法を問題解決と創造に活かす」弁護士活動に取り組みたいと思っています。

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